MoriKen's Journal

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アラサー社会人博士による徒然日記。技術についてつらつら。だけだとコンテンツが貧弱なので、会社公認で大学院博士課程に進学した経緯や、独学でTOEICを475→910にしたノウハウを共有します。最近アメリカ MBA(経営学)大学院もはじめました。

MoriKen流英語道場 6. マインド編-英語学習で改革すべき5つの意識:後編-

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はじめに

下記エントリの続きで、今回は意識改革の後編です。

前編では、

1.英語はスポーツだと捉えよう
2.小手先技術が欲しいという考えは捨てよう
3.継続の意志がないなら潔く降りよう

という三点について述べました。

後編では、

4.TOEIC神思考を捨てよう
5.何冊かの良質な教材を繰り返し使おう

という、前編で伝え損ねた追加の残りの二点について、議論をしていこうと思います ^^

具体的な改革内容(続き)

TOEIC神思考を捨てよう

これも悲しい話なのですが、とかく英語力といえばTOEICこそ神、という考えは捨てたほうが吉でしょう。そもそも、読と聴というインプットだけで実際に使える英語の力を測ることなど不可能なのです。(TOEIC S&Wという書力と話力の試験もあるので、こちらも一緒に受けていれば話は別ですが。)

TOEFL iBT を受けてみよう

そう言ってもという方、そんなときこそ習うより慣れろです。一度、TOEFL iBT を受けてみると良いかもしれません。聴読話書の四技能を測る試験なのですが、TOEICしかやったことがない人が受ければ間違いなくフルボッコのめった打ちに遭うでしょう笑。

TOEICで900取れちゃう人でも、時間足りねー!何言ってんのか分っかんねー!てか会話なげーしいつ終わんだよー!!!ってなります笑。これが今世界が求めている英語レベルかと、お手軽に体感できることでしょう。

TOEFLは米国留学希望者向けの試験なのでビジネス専門というわけではありませんが、TOEFLの方が世界的に見ても標準的に学習されている試験です。TOEFLができてTOEICだけができなかったなんて話、私は聞いたことがありません。

初めてTOEFLを受けた時にめちゃくちゃに心をくじかれるのは、実に爽快な気分です笑。もっと勉強して、TOEFLを目指すんだ!というモチベーションを持つきっかけにもなるでしょう。少々高いですが、長い人生のうちちょっとの勉強料だと思って一度受けてみることをオススメします。

TOEICはペースメーカとしては○

ただし、TOEICを全否定するつもりはありません。TOEICだってそれなりに英語力を測る役割は果たしますし、何より日本社会でアピールするなら圧倒的に認知度の高いTOEICを受けたほうが有利でしょう。それに、TOEFLに比べたら断然安価で、試験地も多く、試験頻度も高いので、定期的な実力確認とフィードバックにはもってこいです。TOEICも神格化せずにうまく付き合えば、ペースメーカとして有効に機能させることもできるでしょう。

何冊かの良質な教材を繰り返し使おう

何冊かで良いの?ということに疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。逆に、何冊もやればいいという思考を捨てたほうが良いかもしれません。

※ただし、応用的な学習段階に入り、多様な問題を解くことに価値を見いだせるレベルに達すれば話は別です。

過大広告は無視しよう

ちまたの書店で英語学習コーナーを眺めていると、いつも似たようなキャッチフレーズばかりが並んでいると思いませんか?

「聞き流すだけで英語が飛び出る画期的な教材!」

「これだけやればあなたも簡単にTOEIC 800点!」

「ゼロからスタート!誰でも3ヶ月でネイティブレベルに!」


もしこのような教材に心惹かれることがあれば、私は待ったをかけたいと思います。

だって、もしそんな教材が存在したら、日本中、ひいては世界中の英語学習者が苦労することは未来永劫に渡ってないでしょう。そんなものがあれば今日明日にでもさっさと義務教育に導入しちゃえばいいのに、どこの国もそんなことはしません。

これは一つの真理を示唆していると言えるでしょう。銀の弾丸など存在しないのです。

かく言う私が、英語教材を買い漁っていた教材マニアになってしまっていたので偉そうなことは言いにくいのですが… ^^;

擦り切れるまで使おう

とにかくここで言いたいことは、

「その教材が文字通り擦り切れるくらいまで何度も何度も繰り返し学習するのが、基礎学習における正攻法。」


だということです。

他の教材に手を出したくなる気持ちをぐっとこらえて、愚直に一つの教材を極めるのです。

「この教材は2周勉強しました!」


と我が物顔で言う方がいらっしゃいますが、桁が足りないと思います。

野球の素振りを2回やっただけでドヤ顔する野球部員がどこにいるでしょう?

ここは少なくとも、20周、30週と繰り返すべきでしょう。学習内容によっては、100周、200週だって受け入れるぐらいの覚悟が必要です。

とにかく、その一つの教材だけについては、全問題を解答を見ることなく、しかも根拠を持って回答できるレベルに達して、初めて次のステップに進むべきでしょう。全部でないにしても、せめて90%以上は自信を持って正答できるようになるべきです。

教材選定の目も養なっちゃおう

もし次の教材を買いたいという欲に勝てなかったとしましょう。

仮に半分程度分かったから!と次の参考書に行ったところで、多分大部分は本質的には同じことばかり書かれている場合が多いので、また半分くらい分かったところで次に行き、の繰り返しとなるのです。出版社の思う壺と言っても過言ではありません。

他方、一つの教材を一度でも良いから100%マスターすることで、次に勉強する教材はかなり厳選されます。だって、殆どの教材を読めば、もはやほとんど内容はかぶりまくっているのですから、買う必要が無いと身をもって体感するのです。「買うんじゃねーよ、同じことしか書いてないよ」と、教材が語りかけてくるような感覚です。

おそらくこの段階で、99%の教材がフィルタされます。残りの1%の中から、自分が次に読むべき本が自然と浮かび上がってくるのです。

実シンプルな話なのです。

おわりに

こんなの本当なの?

ここまで、マインド面で改革する内容をお伝えしてきました。常識に反するようなこともあり、何だお前は!と思われた方もいらっしゃると思います。

しかし、これが私が実際に一年半の勉強でTOEICを475→850(TOEFLの当初のスコアはありませんが、最後は82です)まで向上させたあとに思ったことなのです。その後TOEICで910を取得したあとに、この価値観は確固たるものとなったのです。

英語を勉強する意義って?

そして最後にもう一言だけ。そもそも論です。意外とここも見失われているような気がするので、確認を込めて書いておきたいことがあります。

英語って、机上で勉強して試験スコアを自慢し合うための道具になってしまっていいのでしょうか?

本来は、多様な価値観を持つ外国人と会話を意見交換をするという有意義で楽しい体験を共有するための手段ではなかったでしょうか?それは、教育の場ではもちろんのこと、ビジネスやアカデミックの世界でも共通なことなのです。

その技量を客観的に評価するために試験があるはずなのに、試験で高得点を取ることで自分を認めてもらおうとする行為は、本末転倒なのです。試験で高得点をとってからが本番で、そこからいかに社会貢献に繋げられるかが本当の勝負なのではないでしょうか。

だから、TOEICの点数はそこそこでも、ちゃんと外国人とコミュニケーションが取れる(ワイワイやれるという意味ではなく正しく意思の疎通ができているという意味)なら、それはそれで良いと思うのです。

スコアは実力の結果でしかありません。そこに執着するは、そっと脇に置いたほうが吉と思います。

とは言え社会が求めている

とは言え、入試や就職活動で英語のスコアが必要だという事情はあるでしょう。痛いほど分かります。ある程度スコアを目的化する部分があるのは、社会構造的にも致し方ないことだと思います。

ただし、それにも限度があるということを認識した上で、踏み台にすることができれば健全だと思います。いいモチベーションになるでしょう。

たまにでいいから

「自分、なんかスコアに踊らされているな。一喜一憂しているかも。」


そんな感情に駆られたときこそ、自分の胸に手を当てて、英語を勉強する本来の目的や本質的な必要性について、今の社会情勢を踏まえて一度考えてみると良いかもしれません。たまにでいいのです。

個人のテストの点数がどうこうで悩み苦しむ問題なんて、この世界が平和な社会や豊かな自然を維持するために注いでいる途方もないエネルギーに比べれば、大した問題ではないのですから。

そんな些細な問題で悶絶していた当時22歳の私自身に、そう伝えたいものです。

次回

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