MoriKen's Journal

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アラサー社会人博士による徒然日記。技術についてつらつら。だけだとコンテンツが貧弱なので、会社公認で大学院博士課程進学したで経緯や、独学でTOEICを475→910にしたノウハウを共有します。気が向いたらエッセイとかも。

社会人博士のススメ ④なぜ社会人博士か?ーメリット編ー

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はじめに

下記記事の続きです。

www.moriken254.com

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前回は、なぜ私が「退職+博士号」を断念したのかを書きました。家族持ちのサラリーマンが退職するリスク負ってまでやりたいことをやるという選択が、私の価値観としては許容できなかったのです。なんだかんだ言って、日頃から自分を支えてくれている家族は大切だと思うのです。

というわけで今回は、社会人博士を選択するに至った理由を述べることにします。決して、「退職できないから仕方なく」という消極的理由だけで選択したのではないことを説明したいと思います。

まずは、メリット編です。

それにしても、ようやくここまで来ましたね笑。前置きが長くなってすみません。 それだけ本気で、それこそ頭が擦り切れそうになるほど、悩み続けていた問題だったのです…。


でも、社会人博士課程に進学した今、全く後悔はありません!悩んで良かった、この選択をして本当に良かったと、心の底から思っています ^^ 自分と向き合って考えた甲斐がありました。


社会人博士の種類

メリットを話す前に、簡単に社会人博士の取得方法について紹介しておきます。大きく分けて、課程博士と論文博士があります。

課程博士(甲)

課程博士とは、いわゆる普通に大学に通って研究をしたり、授業を受けたり、ゼミに参加して先生と議論しながら、博士論文を完成させていくスタイルの博士号取得方法です。世界的にも標準的なスタイルですね。

私はこちらを選択しましたので、本ブログで社会人博士について述べている場合は、課程博士のことを話しているんだと思って頂いて問題ありません。

論文博士(乙)

一方、論文博士とは、ざっくり言ってしまえば、会社での業績をまとめて博士論文を書いた成果に対して学位を与えるというものです。ただし近年、論文博士の社会的価値について見直されており、制度自体が廃止に向かっています。世界的に見てもこの制度は日本にしか存在しないもので、極めて特異な制度という認識は持たれていたようです。

実体としては、すでにそれなりのポストを獲得したベテラン社員が箔をつけるためにと活用されることが多かったようで、教育としての機能が欠落する傾向があったのです。

博士たるもの、先生との議論や、学会発表の経験などの体感的な刺激から得るものが重要なはずで、それを軽視したように受け取られる論文博士なる制度は何事ぞ!という気風が高まっていったのですね。

それに、若い人こそ、課程教育で揉まれる中でスキルを高め、社会貢献のできる人間として世に出るべきなのです。これは長期的な視点にたっても価値のあることですし、そういう人材を育成することこそが本来の大学の基本的役割と言えるでしょう。

どうにしろ私には課程博士しかなかった

まぁ、そもそも私の場合、会社でやりたいことがやれない部署に配属されて大学院に逃げ込んだわけですから、論文博士に相当する成果なんてそもそもないわけです笑。

考える間もなく課程博士一本で話を進めることになりました。

メリット

それでは、社会人課程博士のメリットを述べます。

安定した経済的基盤の確立

何と言ってもこれに尽きます。

学業と仕事を両立しているので、毎月安定した給与が保証されています。学振や授業料免除が通るかヒヤヒヤする必要など一切ないのです。


当然学費はかかりますが、やっぱりサラリーマンの経済力は学生のそれと比べれば格段に安定しているのです。月々のお小遣いを諦め、飲み会や出歩きも控え、夏冬の各ボーナスから一部補填すれば、例えば国公立大学の年間の学費である約50万円を捻出することは決して難しい話ではありません。

それに、ちゃんとやりくりさえすれば、生活水準を落とすこと無く家族を養うことだって十分可能です。前エントリで紹介した退職して就学する選択に比べれば、経済状況的には格段にベターなのです。一家の主としての社会的責任をきちんと果たしながら、自分のやりたいこともできる状況を作り出すことができるのです。

今の御時世、博士学生が経済的な観点で全く不安を抱かなくて良い状況というのは、馬鹿にできないほど大きなメリットなのです。安定した精神状態で研究ができることにも繋がるのです。

社会人プログラムの活用

近年では、大学側も社会人が大学院へ進学するニーズも把握しているようで、社会人専用のプログラムを用意していることも少なくありません。業務で多忙な社会人を配慮した様々な制度が整備されつつあります。


以下、現在私の通っている大学での制度を例として挙げておきます。大学によって制度はまちまちなので、プログラムの具体的な内容は各大学のホームページや教務課で確認して下さい。

入試で学科試験が免除

私の通う大学院では、入試で学科試験がありませんでした。

私の受験したケースでは、主として面接形式で、志望理由や大学院でやりたいことについての問答を行った後、修士時代の研究内容や博士での研究内容についてもう少し掘り下げてプレゼンテーションを行い、追加の質疑応答に対応するというものでした。自信を持って対応すれば、なんてことはありません。


特に私の場合、業務と異分野の研究を行うという事情もあり、職場での調整に多くの時間を割くことになりましたので、学科が免除されたのは本当に助かりました。

もちろん学科も大事であることは認識しております。やれと言われたら、もちろんしっかり勉強はしますが、無いなら無いに越したことはないでしょう。

やりたいことは研究です。博士学生なら、必要となれば学科の勉強程度のことなど自分で勝手にやるものだと思いますので、入試段階での学科免除はむしろ合理的なのではないかと思います。面談を通じて、本人のやる気や博士としての適正を見極めることに注力することは、そんなにおかしな話ではないと思います。

こうして私は、学科免除で浮いた時間を使って、社内調整用の資料作成や、大学の情報収集に力を入れることができ、社内制度を活用した授業料全額支給の資格を獲得できました。これについては後述します。

長期履修プログラム

私の通う大学院では、学費の総額はそのままに、就学年数を最大6年まで、1年単位で延長する制度がありました。 授業料の総額を総年数で割った金額を毎年支払えばよいのです。

下記表をご覧頂ければ、何を言っているのか分かって頂けると思います ^^

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入学時に何年就学するかを決めて申請を出しておきます。もし何らかの事情で就学年数を変更したい場合は、各年度の終わりに研究の遂行状況に合わせて期間を延長したり短縮したりすることが可能です(その場合でも総授業料は変わりません!)。

業務との兼ね合いの問題で年数を調整できることはもちろんのこと、授業料を分割払いできるという観点からこの制度を見ることもできます。例えば、自分の給与と家族の要求する生活水準に合わせて、年間に授業料として支出可能な金額を算出し、それに適合するような就業年数を選択するという活用の仕方もありでしょう。

当然、指導教員との調整は必要でしょうが、就学期間が長期化する限りにおいては、拒否する理由は基本的には無いのではないでしょうか。その分長期間に渡り研究にコミットするという約束をする範囲においては。それか、その条件を飲んでくれる教員を粘り強く探し続ければよいでしょう。いずれにしろ、ここはなんとかなるでしょう。

しかも、最大限延長しても総額は全く変わりません。つまり、本質的には利息0円で借金をしているとも解釈できるでしょう。何と素晴らしい話ではありませんか。

なお、私は入学当初4年で計画したのですが、途中で家庭の事情により就学が困難な期間が発生したため、5年に延長しています。

これと類似の制度は多くの大学院で整備されているようで、検索すればたくさんヒットします。いい時代ですね。

講義単位取得の効率化

課程博士の場合、数は少ないにしても講義の単位を取得しなければなりません。正直、学科の勉強なら講義でやるよりも自分のペースでやったほうが効率的ですし、社会人という立場もあり決められた時間で拘束されるのが辛いのです。

立場的にどうしても業務最優先となるので、毎週決まった時間に必ず登校することを保証するのは、現実的に難しいのです(実際私はできませんでした…)。

そこで、例えば会社の出張で参加したセミナーや、学会でのプレゼンテーション経験を単位に置き換えることができる制度が整備されている場合があります。これを活用しない手はありません。せっかく登校できる貴重な機会に、いやいや講義を受けるのではなく、先生や学生と研究に関する議論をするための時間を存分に確保できるわけです。

さらに、授業によっては講義がWebで動画配信されている場合があります。私の指導教員が担当する授業ではたまたまこの形式を採用していたため、真っ先にこれに飛びつきました。自宅で晩ご飯を食べながら講義動画を見たり、夜中にレポートを作成しそのままメールで提出することができたので、比較的楽に単位を取得できました。


ちなみに、18時以降に開始する夜間講義の制度もあったので、それを活用する手もあったのでしょう。しかし、実際にはこの制度は先生と生徒の双方にとって負担が大きく、選択しないで欲しいなぁみたいな暗黙の空気が流れていることもありました。制度が存在することと、それが有効であることは意味が違うのです。実際のところ、どの制度をどこまで使えるのか、事前に指導教員によく確認しておくのが得策でしょう。

リスクを取っても経済的には問題ない

コレも社会人博士ならではの素晴らしいメリットです。

例えば、研究がコケたとしても、社会人なのでいつでも帰れる場所があり、経済基盤が崩壊することはありません。資金獲得のためにやっきになって無理やりテーマを捻出しなければらないこともないし、途中で研究の才能に見切りをつけなければならないことに気がついたとしても、生活まで脅かされることは無いのです。


ですから、研究分野的に少しリスクを取ってでも、純粋にやりたいことをやるという選択も可能なのです。

もちろん、やりたいことを重視するあまり、明らかにレッドオーシャンな分野に突っ込んで全然論文が採択されないといったような研究の仕方では博士の品格が疑われますが、ここで言いたいのは「資金獲得を目的として研究テーマを選定しなければならない」という悩ましい状況から解放されることが、社会人博士の利点だということなのです。

最悪逃げればいい

それに、最悪研究が大失敗し、これ以上続けるのは精神的に辛いと本気で感じてしまったときには、退学して逃げてしまえば良いのです。それまで勉強した内容は決して無駄にはならないはずです。自分の適性を把握することができたとポジティブに考え、次のステップに進めば良いのです。逃げた所で経済的基盤は揺るがないのですから。


ずるいと思いますか?私はそうは思いません。

もちろん、指導をしてくださった先生に対してはそれなりのご迷惑をおかけすることになるので、もしそうなってしまったら謝罪の気持ちは表明し、誠意を持って然るべき対応はとるべきでしょう。結論を出す前に、指導教員としっかり話し合う礼儀も忘れてはいけません。

しかし、周りの目ばかりを気にしてしまい、極度の責任感により無理がたたり、鬱や自殺が蔓延するくらいなら、逃げるというのはよっぽど健全な判断だと私は思います。

逃げ場があると思えば心もリラックスするものです。蛸壺状態でピリピリしているよりも、少しドライに考えたときのほうが物事の本質が見えてくることだってあるのです。本質を見抜きやすい環境で勉強できることは、研究遂行の上でも有利な状況と言えるでしょう。

幸福な人生のためのリスクヘッジ

それに、いざというときのために安全な逃げ場を用意しておくことは、決して弱腰なことではありません。

これについての詳細は、下記エントリをご参照下さい。

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この考えに基づくと、リスクヘッジは決して弱虫のやる行為ではなく、合理的な生存戦略の一環なのだと解釈することができます。

万全なリスクヘッジを後ろ盾にできる社会人博士は、一般にどんよりとした雰囲気が立ち込める博士課程の世界において、極めて健全な精神状態を保ちながら、やりたい研究を遂行できる身分と言えるのです。

会社が学費を払ってくれる場合も

これは若干裏技的ですね。ここまで説明しただけのメリットを担保した上で、学費の経済的援助まで受けられれば、鬼に金棒ですからね。

ある程度の規模のメーカであれば、会社公認の大学院派遣制度を設けている場合があり、うまく活用すれば授業料を全額支援して貰える場合もあります。会社に制度があるなら、使わない手はありません。


私は最終的に会社と折り合いをつけ、この大学院派遣制度によって授業料全額の支援を受けることができました。ただし、業務と異分野の研究をするという事情もあり、一筋縄で行ったわけではありません。

最初は授業料全額を自分で負担するつもりでいたのですが、上司に相談したら会社の制度の活用を勧めてくれたことがきっかけとなりました。棚からぼたもちだったのです。その後、必要な説明資料の作成や上層部に対するプレゼンテーション、その他社内調整等を半年間近くに渡り慎重に遂行したことなど、総合的な戦略が功を奏したからここにたどり着くことができたのだと思います。

当然会社のお金を使うわけですから、自分勝手にやらせろと駄々をこねて主張が通るほど簡単な話ではありません。しかし、競争の激しい奨学金や授業料免除、学振の椅子を取り合うことに比べれば、かなり勝算はあるだろうなと感じていたので、自信を持ってグイグイ(でも慎重に)行動していくことができました。社会人博士になりたいなんて人、会社に殆どいませんでしたから笑。ブルーオーシャンもいいところです。

これには家族も大喜びでした笑。

まぁ、これは正直運の要素も強いと言わざるを得ませんが、チャンスを目の前に行動を起こす力も実力のうちです。ダメ元でもいいから、まずは積極的に会社に働きかけることをオススメします。ダメだった所で経済基盤は確立されているのですから。

詳細はまた別のエントリで書こうと思いますが、こういうやり方もあるということを知っておくことは、キャリアプラン形成の上で決して無駄にはならないのではないでしょうか?

目からうろこ

さてこのように、経済的安定性と研究のリスクを両取りできるという最強にして鉄壁のリスクヘッジを後ろ盾に、しかもうまく行けば会社から授業料まで全額支給してもらいながら、家族を養うという社会的責任も全うした上で、自分のやりたいことまでできてしまうだなんていうあまりに美味しい話が、この御時世においてまだ残されていただなんて、驚きではありませんか?

当時私自身が本件について考察し、このうまさに気が付いた時、目からうろこではないか!と感激したものです笑。


何度も言いますが、博士を志す人間にとっては、経済的安定性は本当に死活問題なのです。リアルに生死がかかる程の笑えない話なのです。

社会人博士のこの状況、学生にしろポスドクにしろ教員にしろ、純粋にアカデミックの道に進んだ立場の方では、中々享受できないような待遇なのではないでしょうか?

デメリットもある

何か、いいとこだらけのように見える社会人博士ですが、当然デメリットもあります。ここも評価しないとフェアではないでしょう。これだけのメリットを享受するからには、皆が皆受け入れられるようなものではない重い負担があるのが現実なのです。

しかし、このデメリットを許容することも考えてこそ、納得感を持って社会人博士への進学を選択できるというものです。

というわけで次回は、社会人博士のデメリットについて述べていこうと思います。

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