MoriKen's Journal

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アラサー社会人博士による徒然日記。技術についてつらつら。だけだとコンテンツが貧弱なので、会社公認で大学院博士課程進学したで経緯や、独学でTOEICを475→910にしたノウハウを共有します。気が向いたらエッセイとかも。

社会人博士のススメ ③なぜ退職+博士を断念したのか?

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はじめに

下記記事の続きです。

www.moriken254.com

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ここまでで、やりたいことをやる上でなぜ博士課程を選んだかを記述しました。本当に自分がやりたいことをやるには、これが妥当だったと私は考えたのです。

博士課程にも色々あるけど?

一口に博士課程と言っても、色々取得の仕方はあるわけです。

退職して博士号を取るとか、海外大学院に留学するとか。

それぞれについて比較検討を加えていき、私の価値観と照らし合わせた結果、たまたま社会人博士が妥当だったというお話です。

なぜわざわざ二足草鞋の負担を抱えながらも社会人博士課程を選択したのかを書いていきたいのですが、そこに至るまでには「退職して博士号を取得すること」について考察し、それを断念したという経緯があったのです。

そこで今回は、なぜ私が「退職+博士号」を断念したのかをテーマに、その経緯を記述していきます。

退職して博士号を取る場合(日本編)

メリット

全ての時間を研究に注ぐことができる

退職して博士号を取る場合の最大のメリットは、全ての時間を研究に注ぐことができることに尽きるでしょう。

朝から晩まで興味の赴くままに自分のやりたいことをひたすらやり続けられるなんて、もう幸せの絶頂だと思います。


インターンシップのチャンス

それに、博士で培った専門技術を活かせる会社に就職することもできるでしょう。進学した大学院やコースによっては、企業でのインターンシップや、海外大学院への派遣留学のチャンスを掴むことだって比較的容易でしょう。学生の身分なら、かつての競合他社の工場見学だってできちゃうわけですね。

一度企業での就業経験を積んだ身としてこれらの経験をすることで、社会に出る前の学生時代とはまた異なった観点から刺激を受けることになるのは間違いありません。

一度就職した人間が、これほど素晴らしい経験ができる機会というのは、人生そうあったものではありません。勇気を出して行動を起こした者だけが享受できる報酬と言っても過言ではありません。

デメリット

経済的基盤の崩壊

これはやはり、経済的基盤が崩れることが挙げられます。よほどの富豪の家で育たない限り、このケースを選択した多くの方は、貯金を切り崩しながら生活することになるでしょう。


やりたいことにどっぷりと浸かることができる幸福感の代償と考えれば、本人が納得するのであれば妥当と言えます。

もちろん、優秀な学生であれば授業料免除や学振を活用することで資金援助を受けることはできるでしょうが、狭き門です。皆が皆該当するものではありません。

それに、退職した次の年度に授業料免除の資格を獲得することは一般的には困難と思われます。受給年度の前年度の所得状況も審査に影響するため、これまで普通にサラリーマンをやっていた方は、就学初年度の免除は却下される確率が非常に高いのです。

住民税も前年度の所得に応じて算出されるため、就学初年度は収入は減り、授業料免除も期待できないのに、税金は高いという、経済的には踏んだり蹴ったりな状況は免れません。この困窮を耐えるだけの覚悟が必要なのです。

しかし、本気でやりたいという強い意志があれば、この選択をする人もいらっしゃるでしょう。

家族の理解

ただ、既婚者は現実的に難しいでしょう。共働きで、かつパートナーが理解を示してくれるほどに信頼している家族でない限り、ハードルが高いのが実状ではないでしょうか。

大切な家族が明日食っていけるか心配してしまうような状況になるリスクを負ってまで、退職して勉強することに価値があるのかは、しっかりと考え、家族と話し合うべきでしょう。


退職して博士号を取る場合(海外編)

海外の大学院で博士号を取るという選択肢もあります。国内とはまた少し事情が変わってくるのです。

ここでは、アメリカ留学、かつ理系に限定して考えてみることにします。


メリット

経済的基盤の確立

何と言っても、経済的支援がバツグンに良いです。理系かつ博士課程についてですが、殆どの場合、授業料+生活費が賄えるほどの資金的援助が得られるでしょう。


RA、あるいはTA制度により、学生が最低限生活を送れるだけの経済的援助が得られる場合が多いのです。というか、複数の大学院を受験して、経済的援助が得られる条件を提示してくれた学校に入学するのが、米国大学受験の場合の健全な進学戦略となるでしょう。

RAであれば研究により社会貢献をした学生に対して給与として報酬を与え、TAであれば下級生に教育を施した対価として報酬を与える、という考え方が定着しているのです。しかも、日本の大学で院生がアルバイト感覚で稼ぐのとは異なり、独立して生活を賄えるレベルの賃金が獲得できるのです。特に、TAはそれが博士学生に対する訓練という位置づけにもなっており、将来アカデミックなポストに付くことを想定した教育も兼ねているわけです。

日本の博士学生が直面するような経済的負担を極力軽減しようとする強い意志を感じられます。学生が純粋に研究や教育に打ち込むことができる環境を、大学が積極的に用意しているのです。むしろそういう待遇を用意しないと、世界中の優秀な学生が他の大学に流れてしまうからです。実力主義を重んじるアメリカらしい考え方と言えるでしょう。

世界中の学生との交流

晴れて進学すれば、世界中の様々な国からやってきた、多様な価値観を持つ優秀な学生達と議論をすることで、日本にいるだけでは得られない強烈な刺激を受けることになるでしょう。


Ph. Dホルダーは高給取りに

卒業後の就職に関しても、アメリカでPh. Dを取った暁には、日本にこだわらず世界に目を向けることができます。何より、欧米諸国におけるPh. Dホルダーに対する評価の高さは日本の比ではありません。例えば、アメリカ国内であれば(専門にもよりますが)、Ph. Dホルダーの初任給が1000万円というのもざらのようです。それだけ責任のある仕事をいきなり任せてもらえるほど、Ph. Dの社会的信用が極めて高いのです。

過酷なPh. Dという進路を選択するリスクをとった勇気、そして不断の努力により厳しい競争を勝ち抜いた研究者としての実力が、待遇的にも経済的にもきちんと報われるような社会構造が構築されているのが、自由の国アメリカなのです。どこぞの国の博士とは、根本的に事情が異なるのです。

下記のブログサイトにて、日米の大学院の違いについて分かりやすく解説されていると思います。

non-americanization.hatenablog.com

日本編のメリットも踏襲

これだけの条件が揃った上で、先に日本編で述べたメリット(研究しまくれる、インターンシップのチャンスがある)を享受することができるのです。これだけ見れば至れり尽くせりのように見えてくるものです。

デメリット

もちろん、これだけの待遇を得るからには、それなりの鍛錬を要します。基本的に、過酷な競争環境にさらされることになるでしょう。

受験が大変

まず、受験からしてキツイです。TOEFLやGREと言った英語や基礎学力のテスト、志望理由、推薦書などなど、どれもこれもみっちりチェックされます。当然全て英語です。

志望理由なんて当たり障りのない内容でも受かるのでは?というどこぞの国の院試の心づもりでいると、間違いなく落っこちるでしょう。その大学で研究したい内容とその理由を明確にし、それを熱意を持って、かつ英語でロジカルに伝えねばなりません。

推薦書も死活問題です。推薦書なんて学生がテンプレ作って…みたいな話をどこぞの国ではよく聞くと思いますが、そんなんじゃ絶対ダメでしょう。最終的な合否判断に直結するほど、推薦書は極めて大切な書類なのです。自分をよく理解し、高く評価してくれていて、かつ英語でその思いを真摯に綴ってくれる、社会的にも信用のあるポストにある推薦者を、例えば5人用意しろと言われて、思い浮かべることができますか?これも相当な負担となります。

しかも、受験者自身の英語力だって当然求められます。高いクオリティの研究が行える大学院に行こうと思えば、TOEFL iBTで100点は取る必要があるでしょう。これは並の勉強で達成できる点数ではありません。長期間に渡り、かなりの努力を要することになるでしょう。

TOEFL 100点というのは、おそらく感覚的には、TOEIC 900とか余裕くらいの基礎力があるのは当然の前提条件で、その上ライティングもスピーキングもリアルタイムに普通にこなすことができ、かつ論理的思考能力もプレゼンテーション能力も備わっている人が、頑張って勉強してようやく到達できる、という感じではないでしょうか。


米国大学院の素晴らしい教育は、誰でも彼でも享受できるような、お気楽なものではないのです。

進学してからも大変

そして、進学してからが本番でしょう。どこぞの国の大学院のように、年数が過ぎれば下駄を履かせて卒業させるなんて技は通用しない厳しい競争社会が待っています。ダラダラやっていたら本当に学位がもらえないまま退学させられてしまうのです。

だって、お情けなんかで学位を与えたら、Ph. Dの信頼が失われてしまうでしょう?社会もその実力を信用しているのには、それなりの理由があるのです。

もちろん、競争をバネにやる気を奮い立たせることができる人は、これはメリットとなるでしょう。是非チャレンジするべきだと思います。得られるものは半端なく多いのですから。


家族がいたらもっと大変

それに、独り身ならまだしも、家族がいたらどうでしょう?いくら経済的支援を受けられるからとは言え、自分一人の希望のために、言葉も通じない異国の地に家族全員を連れて行くというのは、色々な理由でかなりのエネルギーが必要でしょう。経済的支援があるとは言え、それで家族全員を養おうと思ったら、アメリカの物価を考慮するとかなりの切り詰めが必要となるでしょう。

やはり、既婚の普通のサラリーマンが選択する道としては、海外留学はかなりハードルが高いと言えるのが現実です。


そして、「退職+博士」を断念

こういう現実を前に、私は「退職+博士」を断念することとしました。


厳しい競争の中で自分を成長させたいという意志はありました。過去に、本気でアメリカ大学院留学を検討したこともありました。TOEFL iBTも90点台まで取得し、英語力だけで言えばあと一歩のところまで尽力したこともあります。

しかし、今や私は既婚者で、妻は専業主婦です。私は家族を養うという社会的責任を負っているため、退職を伴う行動は、私の価値観と照らし合わせた結果としては、リスクが大きかったのです。

いくらやりたいことがあるとは言え、明日飯が食えるか心配になるような生活だけは回避したかったのです。

それに、実は単に消去法だけで社会人博士を選択したわけではありません。社会人博士は社会人博士なりに、決め手となる大きなメリットがあり、積極的にこれを選択するに至った理由があるのです。

その辺りの話は、次回することに致します ^^

↓次回
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